アルテック製品は、修理や張替えを重ねることでいつまでも使うことができ、時代や文化を越えて愛され続けています。今や世界中に広がっているアルテックの友人やパートナーたちは、アルテックのデザインをこよなく愛し、人生をともに過ごしています。親愛なる友人たちに、アルテック製品への想いを聞きました。
リンダ・バーグロスは手紙の中でこう綴ります。
私の祖母は、貿易業と新規事業をかけ持ち、常にあらゆるプロジェクトに携わっていた人でした。6つの帽子店と、いくつかのダンスホールと映画館の経営もしていたキャリアウーマンで、ヘルシンキの家に家族もいましたが、彼女はいつでもどこかを飛び回って歩いていました。そんな日々の中、祖母はMäntyharjuに新しく建設するホテルの内装を、アアルトスタジオに依頼したそうです。私が生まれた時にはもうそのホテルはなく、写真も一枚も残っていませんでしたが、当時ホテルに納入されたオリジナルの家具が手元に残りました。
幼かった私は、これらの家具から多くのインスピレーションをもらいました。組み立てたり、色をぬったり、生地を張ってみたり張り替えてみたりしてよく遊んだものでした。「L-レッグ」に混ざり、「フィンガージョイント」のレッグもあり、大分後になってから、フィンガージョイントレッグは戦時中に接着剤を節約するために作られたとても貴重なものであることを知りました。私はL-レッグの方が断然好きでしたが。
私はこれらの部品を好きな時に自由にカスタマイズして良いと言われ、それを楽しんでいました。街のフリーマーケットに足を運ぶようになって、これに情熱を注ぐのは私だけではなかったことを知りました。思いのまま、ワイルドにカスタマイズされたヴィンテージ製品がここかしこに存在することにとても興奮しました。
塗り重ねられたペンキ、脚のカットや修復の跡。ひとつのスツールの中に、たくさんの人の暮らしが集積し、魅力となって溢れ出ていました。脚の折れや欠けは、釘、ボルト、接着剤などを駆使して何度も修復され、座面裏には何度も生地を張り替えたくぎの跡が残っています。
私はますます家具の修復とカスタマイズに取りつかれ、アルテックの家具を集めるようになりました。一番の掘り出しものは、14台の「ドムス チェア」のセット、しかも100ユーロ! フィンランドの小さな町Nilsiäの映画館の座席として使われていたそのドムスチェア達は、バックレストに座席番号が刻まれ、連結できるように座面下には穴があいていました。雨ざらしになっていたドムスチェアのいくつかには大きなヒナギクが手描きで描かれているものもありました。
別荘を改築した時、これらの14脚のドムスチェアをさらに解体し、その部品を使ってもう一度椅子を作り直しました。その結果、椅子として遜色のない9脚のドムスチェアと、座面と背もたれの両方の角が欠けてしまっている「おまけ」の1脚が出来上がりました。世界中が突如COVID-19の流行に見舞われた今年の春、私たち家族は都会からこの別荘に引っ越しました。そして、家の中で心地よく働けるホームオフィス空間を工夫して作りながらも、私が最もよく腰かけているのは、角が欠けてちょっと不格好な「おまけ」のドムスチェアです。かつて捨てられた、または見向きもされなかったというこのドムスチェアに刻まれたストーリーを感じるたびに、私はこの椅子が愛おしくてたまらなくなるのです。